◆◇◆BBSの芽生え(その4)◆◇◆
------------------------【配信日:2 012.04.30】
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前回に引き続き、
『BBS運動の芽生え』(その4)
○大学への呼びかけと反応
幸いなことに、私の家から中堂寺の京都少年審判所までは、歩いて 15分以内
のところでしたから、そのことも宇田川先生の呼びかけに応ずる私 の対応が、
より積極的になれたような気がします。
現在のように文科系の学部といっても、社会福祉学科があるわけで なく、
とりあえず学生課長や学生自治会などに問い合わせて、クラブ活動 のどの部門
へ働きかけたらよいかの調査をはじめました。
いろいろ戸惑いながらも、とにかく各大学から1~2名の代表者に 集まって
いただく見通しがつきましたので、「大兄姉運動発足についてご協 力の
お願い」として、第一回代表者会議の案内書を、各大学へ発送して いただき
ました。
どれだけの学校から参加していただけるか、とても不安でした。
ところが会議の日が近づくにつれて、意外にも強い手応えを感じた のです。
10月の下旬であったと思います。審判所の大会議室には、隣室か らの椅子
も集められて、京都市内の各大学から、それぞれ1~2名の代表が 参集
してくれました。
大谷大学,龍谷大学,府立医大,立命館大学,同志社大学,佛教専 門学校,
府立女専,京都女専などの学校名が私の記憶に残っています。
冒頭、私から趣意書に賛同して集まっていただいたことについてお 礼を
述べ、その後すぐに宇田川先生から、憂うべき少年非行の現状とア メリカ
における大兄姉運動について、徳先生からはアメリカの少年の町と
BBS運動の活動、菊谷俵太郎先生からは司法保護委員の仕事とこ れから
組織されようとしている京都での大兄姉運動に期待するところ、等 について
熱気のこもったご説明があり、その後宇田川先生から、「是非とも 君達の
若い力をお借りしたい。」と挨拶がありました。
と、そこへ見事なふかし芋の山が持ち込まれたのです。
当時の食糧事情では、どこにこんな見事なさつま芋があるのだろう かと、
学生はどっと歓声を挙げ、荒塩のふりかけられた湯気の立つさつま 芋の山は、
たちまちみんなの笑顔を誘ったのでした。
宇田川先生から、「このお芋は決して闇で手に入れたのではありま せん。
今日の皆さんの会議のために、わざわざ茨木の少年院の畠から掘り たてを
届けていただいたのです。遠慮なくぜーんぶ召し上がって下さい。 」と
すすめられ、それ以後の打合せ会には、毎回ふかし芋のサービスが 恒例と
なりました。
ふかし芋のおかげで、ピーンと張りつめていた空気が急にやわらぎ 、そこで
私からこの運動の名称と、活動の方針を明らかにするための規約を 作る必要
があるのではないかと提案し、次回会合までにその案を作っておき 、検討
することを決めて散会しました。
年の瀬を迎えるまでに2~3回の会合を持ったように思います。
会合を持つたびに気運はとんとん拍子に盛り上がり、「京都少年保 護学生
連盟」の趣意書と規約が表裏1枚に印刷されたチラシも、冬休みに 入る前
には出来上がり、年末年始の休暇を利用し、会合に集まった学生諸 君が街頭
に出て、学生の姿を見つけてはそのチラシを配りました。
年が明けて、昭和22年2月22日、京都東山七條の龍谷大学京都 女子専門
学校(現在の京都女子大学)の講堂をお借りし、京都大学文学部心 理学教室、
名誉教授 野上俊夫先生の記念講演を拝聴するという、思いもかけぬご協力
も得られて、京都少年保護学生連盟の発足記念大会は、予想以上に 盛り上がり
ました。
当日の参加者は事前に申込みを受け付けたり、参加大学がら集団で 参集
したりという事もせず、ただ各大学のクラブ活動の掲示板への掲示 と、各大学
内での口コミによる呼びかけと、1月から2月中旬までの街頭での チラシ配布
と呼びかけただけで、果たしてどれほどの参加者があるものか、そ の読みを
することなど誰も考えてもいませんでした。どれほどの席を準備す るかの
想像もつきませんでしたが、何分会場が大きかったものですから、 ホールの
半ば辺りまで長椅子を並べて、午後2時の開会を待ちました。
どれ程の参会者が来てくれるか、世話役の学生諸君も誰一人として 不安を
述べる者はいませんでした。私はまあ300人程度も集まれば、講 演して
いただく野上先生にも、ご指導いただいた宇田川先生ほか諸先生に も、
何とか顔が立つだろうという甘い考え方で、それでも午後1時を過 ぎる頃
からは、さすがに不安に駆られはじめたものです。
BBS運動発祥の地
http://www.city.kyoto.jp/somu/ rekishi/fm/ishibumi/html/hi007 .html
http://www2.ocn.ne.jp/~bbsjapa n/ima-muka/ima-muka.html
………………………… ………………………… ……….
(その5)につづきます。
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